主催:国際医療福祉大学、毎日新聞社 後援:文部科学省、全国高等学校長協会
お寄せいただいた多くの作品が、それぞれの生活や体験を通して、医療や福祉に目を向けるきっかけとなったエピソードや思いを綴った、すぐれた作品でした。
審査結果は以下の通りです。
※各賞受賞者のお名前は、五十音順で記載しています。(敬称略)
都道府県 | 学校名 |
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福島 | 福島東稜高等学校 |
栃木 | 宇都宮文星女子高等学校 |
千葉 | 翔凛中学校・高等学校 |
東京 | 八王子学園八王子高等学校 |
静岡 | 静岡県立韮山高等学校 |
福岡 | 近畿大学附属福岡高等学校 |
熊本 | 熊本県立八代清流高等学校 |
昨年実施した「第7回『共に生きる社会』めざして 高校生作文コンテスト」において最優秀賞、優秀賞、佳作を受賞した5名が、副賞の「ベトナム医療福祉体験ツアー」に参加し、ホーチミン市を訪れました。参加者は、現地の医療福祉の実情を垣間見るとともに、さまざまな文化や習慣に触れるなど多くの貴重な体験をしました。
【日程】2017年3月25日(土)~3月30日(木)
【主な訪問先】
国立チョーライ病院、JICA南部事務所、在ホーチミン日本国総領事館、身体障害児童施設、ホーチミン市内・郊外視察(メコンデルタ、クチトンネル、サイゴン大聖堂、戦争証跡博物館、統一会堂、スカイタワー など)
【第8回作文コンテスト「共に生きる社会」めざして】の詳細はこちら
ツアーの様子 (クリックして拡大できます)
参加者レポート
ベトナム医療福祉体験に参加して 柴田 裕唯(福島県立橘高等学校)
今回、ベトナム医療福祉体験に参加して、日本とは違った医療や文化に触れることができ、私の価値観は大きく変わりました。
ベトナムに着くと、交通状態の悪さにとても驚きました。バイクの数が多く、同じ車線を数列にもなって走っていたり、道が悪いうえに信号が少なかったりと、交通事故が起こりやすい状態になっていました。
視察したチョーライ病院では、病院内の環境が日本の病院と大きく違い、開放的で人で溢れていました。この病院は一日の外来患者数が五千人のため、患者の数に対してベッドの数が足りず、一つのベッドに二人の患者が寝ていました。病院に運ばれる患者の割合は交通事故が最も多く、交通状態の悪さが五千人もの患者に繋がっていると考えられます。病室が足りず、廊下に寝かせられている患者の姿を目の当たりにして、もし入院しているのが自分の家族だったらと考えるととても信じられませんでした。しかし、チョーライ病院はお金がない人の最後の砦の病院だと説明を受け、劣悪な医療環境においても、医療を受けられるだけで幸せなことなのだと痛感しました。
ベトナムでは、家族が入院中の患者を世話することが文化だと聞きました。多くの人は会社を休職し、家族の介護をするそうです。こうした社会全体での介護への理解があるところはとても良い面だと思います。
私は、曾祖母を自宅で看取るという経験を通じて、自宅での看取りを推進していきたいと考え、このベトナム研修に参加させていただきました。日本では、自宅での看取りが急激に少なくなっていますが、ベトナムでは、文化上自宅で看取ることが当たり前です。将来、住み慣れた自宅で最期を迎えてもらえるような環境を作りたいと思っている私は、ベトナムのこの環境や文化がとても素晴らしいと思いました。同時に、もっと地域に根差し信頼できる医療機関を増やしてほしいとも考えました。良い文化は変えず、地域とつながる訪問看護ステーションや地域包括センターなどを作れば、もっと身近に良い環境で医療が受けられるのではないかと思いました。
ベトナム研修を通して日本との違いに目を向けることで、こうした新たな発見がありました。今まで当たり前だと思って過ごしてきたことは、実は当たり前ではなくとても恵まれていることなのだと改めて気づくことができました。この経験を活かして、将来は人の痛みが分かる優しい医療従事者になりたいと考えています。ベトナム研修に参加することができて本当に良かったと思います。スタッフの皆様や家族に心から感謝申し上げます。
後藤 泉稀(広島県 盈進高等学校)
今回は、「ベトナム医療福祉体験ツアー」に参加させていただき、ありがとうございました。大学のみなさま、一緒に参加してくださった先輩方、本当にお世話になりました。そしてなにより、私たちをあたたかく受け入れてくださった現地のみなさま、ありがとうございました。コンテストに応募した文章に書かせていただいた方々にも感謝の気持ちでいっぱいです。
チョーライ病院は、特に重症の患者さんが集まる病院だ。外来患者だけでも、1日5000人を越す。その中でも、ケガで病院に来る人が一番多く、死因のトップもケガだ。それはやはりベトナムの交通問題が原因だ。ベトナムでは、バイクの多さを目の当たりにし、驚いた。交通渋滞は当たり前で、ルールも「理想としてあるだけ」だという話も聞いた。ケガは防げることだけに、とてももったいない気がした。しかし、それを減らそうと思ったら、新たな交通機関をつくったり、交通ルールを決めたり、国が政治的に大きく動かなければならない。医療福祉の問題は、政治や経済とも連動していると学んだ。
障がい児施設の訪問では、子どもたちの笑顔に癒された。家庭の事情で十分な暮らしが出来ない栄養失調の子どもたちだった。楽しくじゃれ合いながらも、私は日本国領事館で聞いたお話を思い出した。ベトナムは貧富の差が大きく、それは教育にも比例している。教育は、日本と違い“義務”ではなく、受けたい人が受ければいいという“権利”だそうだ。教育や医療は誰もが平等に受けなければならないと思うが、私たち日本の生活が贅沢だからこそ簡単に言ってしまえることなのかもしれないと思う。
医療福祉も教育の問題も、現地に立ち、そこに暮らす人々の「生の声」を聞かなければ、支援や協力の仕方を間違える可能性がある。だから、直接つながることの大切さを痛感した。私一人の力では、それらの問題を解決するのは不可能だ。でも、出来ることはある。ベトナムで得た出合いと学びをさらに深く掘り下げ、広げていくことだ。
JICAの方にお話を聞かせていただいた。担当者は、こうおっしゃった。「国際協力は『選択肢を増やすこと』」
国を越えて、支援や協力、技術などを現地の方々に伝えていくとき、あまり一方的に言い過ぎると、日本(人)はキチキチしていると、嫌われてしまうそうだ。確かに、今の生活で幸せなのに、どうして苦労してまで、生活を変える必要があるのかと思うのだろう。「相手のすばらしいところを見つけ、共に生きる」という対等な視点こそ国際協力を進める時に重要だと考える。長期的な支援には、義務的、機械的に、あるいは、ガイドラインどおりに交わるのではなく、最も重要なのは、人と人の対等、平等な関係だと思う。幸せのカタチはさまざまだ。それを崩さず、現地の人々の思いや暮らしを理解しようと努め、寄り添い、互いに心を分け合い、ヒューマニティーに基づいた関係を築く。これが真の国際協力なのではないかと考えた。その感覚で国際協力を進めれば、どうすればケガで亡くなる人を減らせるか、どうすれば教育が十分に行き渡るか、共に考え、共に生きる社会を、共に作り上げていくことができると思った。
ベトナムは、ベトナム戦争によって、他国に比べて、40年遅れていると現地の方がおっしゃっていた。あの悲惨な過酷な過去を生き抜いた人々は今も必死にその過去と向き合っている。そのことを私たちは忘れてはいけない。戦争証跡博物館で、枯葉剤によって今も苦しんでおられる人がいることを痛いほど感じ、言葉を失った。犠牲になっている人の多くは何の罪もない市民だ。特に、枯葉剤の影響を受けた、結合双生児の標本は、私に「戦争ほど愚かなものはない」と訴えているようだった。自分の声で訴えることができない、その子どもたちに向き合った時、この惨禍を伝え、二度と同じ過ちを繰り返さぬようにすることが私の責務だと誓った。
今回の出合いと学びは、私を大きく成長させてくれた。私は、ベトナムが大好きになった。ベトナムの発展は、第一に、ベトナムの方々の日々の努力そのものだろう。ただ、支援させていただく私たち日本(外国)の、考え方や態度をどう改めるか、それもまた、重要な視点だと思った。
私はクラブ活動で被爆者やハンセン病回復者など、社会的弱者の方々とつながり、学び続けている。彼らに共通していることがある。「もう誰にも自分と同じ思いをさせてはならない」という復讐と敵対を超えた素朴で崇高な思想だ。そして、誰もが「正しく知って、正しく行動せよ」と訴える。
私は今後、「支援」というより、ベトナムの過去、現在からもっと謙虚に学び、共に生きていきたいと思った。最後に!すべての人に!シン・カムオン!(ベトナム語で“ありがとう”)
髙沼 千晶(栃木県立那須拓陽高等学校)
ベトナムでの経験は、すべてが刺激的でした。そして、私が考えていた世界はとても狭いものであったということに気付かされました。
2日目、3日目に訪問したチョーライ病院は、ベトナムトップの国立病院で、毎日沢山の患者さんで溢れています。患者さんを第一に考え、お金の無い人にも手術、入院、治療を行う素晴らしい病院でした。
私は、チョーライ病院がとても開放的であるという点に衝撃を受けました。誰でも自由に病院内に入ることが出来てしまうために犯罪行為が多発してしまうこと、虫も簡単に侵入することが出来るので感染症の危険性があることなどから、日本の病院でイメージする清潔感や静寂さとはかけ離れているように感じました。そして、ベッドシーツの交換や排泄の手伝い、食事の用意など日本であれば病院側がケアすることを家族がすべてやることが当たり前の事のようで、文化の違いを感じました。
3日目に訪問した障害児施設では、おもちゃで遊ぶ様子や、リハビリをする様子、施設の雰囲気は日本の障害児施設ととても似ているように感じました。しかし、この施設で暮らす子どもの大半が、孤児や親が薬物依存や貧困で育ててもらえなかった子だと聞き、とてもかなしくなりました。孤児、貧困、薬物というニュースや教科書の中にあった単語が一斉に飛び出して来るかのようで私は言葉を失いました。
ベトナム最終日の勉強会では、国の政策や文化と医療福祉の関係や、病院の経営、医療福祉の在り方、医療福祉に対する考え方など、様々な角度から医療・福祉を考えることができました。
この研修旅行では、日本と比較したベトナムやベトナムと比較した日本の医療・福祉を考えることができました。医療・福祉に限ったことではありませんが、他の国と比較することで、自国の良い点・足りていない点に気付くことができるということから、世界を良くする上で国際協力がいかに大切かという事を学びました。
これから医療職を目指すものとして、今回のベトナム研修旅行は二度とない貴重な経験となりました。「共に生きる社会」のために自分にできることを探していきたいと思います。
このような機会を頂き、本当にありがとうございました。
北田 瑞季(岩手県立盛岡第二高等学校)
初めに、今回の医療福祉ツアーに参加させていただきありがとうございました。ベトナムで過ごした五日間は毎日が驚きと発見の連続で、日本とは何もかもが違うベトナムの街はとても新鮮でした。
チョーライ病院では、ベッドの数が足りないために廊下に何台ものストレッチャーが並べられ、多くの患者さんが吹きさらしの状態となっていました。また多くの患者家族が病院の外や廊下で寝ており、静かで明るく清潔なイメージの日本の病院とは全く違う光景に衝撃を受けました。救急やICU内のベッドとベッドの間には間隔が無く、一台に二人寝ているところもありました。
ショッキングだったのは日本に比べ若い世代の患者さんが多いことです。死亡率の第一位がバイク事故等のケガによるものだと聞いたときは信じられませんでした。そのような中でも、チョーライ病院では地方の小さな病院への医療教育などベトナムの医療を発展させる取り組みをしています。何十年かかるかわかりませんが、その姿は変わっているはずです。必ずまた訪問しベトナムの発展を現地で感じたいです。
二日目の午後にJICAを訪問し、そこで日本がベトナムにどんな支援をしているのかを知りました。現在はベトナム初の地下鉄の工事が日本の協力のもと行われています。お話の中で印象に残っている言葉があります。“支援は選択肢を示すということだ”という言葉です。いくら日本が発展していても、同じやり方で他国でも成功するとは限りません。土地の文化と常識を受け入れ、その国主体の支援をすることが途上国自ら発展し豊かになっていく第一歩なのだと改めて感じました。
三日目に障害児施設を訪問しました。そこでは親がいない障害児や家庭が貧しい子どもたちを無償で預かっていると聞きとても驚きました。少しの時間でしたが子どもたちと触れ合うこともできました。子どもたちの笑顔を見て、将来幸せな家庭を築いていける人になってほしいと強く思いました。
五日間の研修を通して日本との繋がりやベトナムの現状などを知り、それを実際に感じることができました。福祉の道に進むにあたり、この貴重な経験を必ずこれからの人生の中で生かしていきます。このたびは素晴らしい時間を本当にありがとうございました。
齊藤 友一郎(東京都 明治学院高等学校)
私は中学生の頃に患った病気の主治医の先生との出会いがきっかけで、小児科医を志すようになりました。今年度は大学を決めることができませんでしたが、再スタートを切る前に、受験勉強では得られない視野を広げるきっかけを作れたらいいなという思いで、この研修旅行に参加しました。海外旅行の経験は少なかったため、さまざまなことが私にとっては刺激的でした。中でも印象に残ったのは、チョーライ病院と障害児施設でした。
チョーライ病院訪問で、目に飛び込んできたのは、付き添う家族が路上に寝ている光景でした。出発前に、同じベッドで患者さんが2人寝ているという話は聞いていましたが、病院の方から、医療従事者の数や、一日の診察数、ベッドの不足、診療費の多くが自費であるといった話を聞いていくうちに、日本では有り得ないことが起こっているのだと知りました。しかし、とても大切なものも発見しました。いつも患者さんに寄り添ってあげたいという家族の思い、また、お金が払えない患者さんも当たり前に診療することです。日本では、仕事の都合などから、家族が常に患者さんに寄り添うことは難しく、主に看護師さんが担当しています。ベトナムでは、お互いの家族を思いやり、休暇を認め合うことが慣習化されているのは、人として「共に生きる」上で見習うべき部分があると感じました。
また、外来の約4割の人にしか保険が適応されていません。生活が苦しく、自費で払えなくても、病院側が工面し、治療を行う姿勢は、目の前にいる患者さんを救うという、あるべき医師像が示されていると感じました。障害児施設訪問では、子どもの笑顔は世界共通なのだということを教わりました。子どもと触れ合う中で、言語が通じなくても、見えない部分で繋がり合えるのだということ、心の受け皿になれるのだと感じました。しかしながら、私達が子どもを思って接しているつもりが、反対に、距離を広げてしまうこともあります。私はハイタッチをする際、可愛くて無意識に子どもの頭を撫でていました。けれども、インドやカンボジアでは、それは軽蔑を表します。知識としては頭に入っていたものの、軽蔑を示す可能性を危惧せず体が先に動いてしまったのは迂闊でした。幸いにも、看護師さんから「ベトナムでは大丈夫。」と聞き、子どもも喜んでくれたものの、一歩踏み違えることがどれだけ信頼を失うことか身に染みて感じることができました。
今回の研修旅行で、「口先だけでは何とでも言えるが、実際に体感しなければ何の意味もなさない。」ということを学びました。私は、将来マーシーシップス号に乗って医療奉仕するという夢を作文に書きましたが、あまりにも無知で、現実と対面できていない自分を突きつけられました。もう1年覚悟を決めて勉強し、自分の未来はどうあるべきかを考える上で本当に有意義な研修になったと感じます。
ありがとうございました。
応募資格 | 高校生(高校、またはそれに準ずる学校の生徒。個人の執筆に限ります) |
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応募方法 | 400字(20字×20行)詰め原稿用紙を使用して、本文は1,200字~1,600字。 日本語で、このコンテストのために新たに書きおろしたものに限ります。応募は1人1点まで。なお、応募作品の最初に題名を記載してください。 原稿用紙については、以下からダウンロードできます。 個人で応募する場合本コンテスト所定の「作品応募シート」に必要事項を記入のうえ、作品と同封して封書でお送りください。「作品応募シート」は以下よりダウンロードするか、本コンテストチラシの裏面をコピーしてお使いください。学校・クラス単位など団体で応募する場合「団体用作品送付シート」に必要事項を記入のうえ、個々の応募作品それぞれに本コンテスト所定の「作品応募シート」を添付し、まとめてお送りください。「団体用作品送付シート」は以下よりダウンロードしてください。 |
審査委員 | 大友 邦 国際医療福祉大学学長(審査委員長) 矢﨑 義雄 国際医療福祉大学総長 丸山 仁司 国際医療福祉大学副学長 松谷 有希雄 国際医療福祉大学副学長 川上 和久 国際医療福祉大学総合教育センター長 金野 充博 国際医療福祉大学総合教育センター教授 総合教育部主任 和田 秀樹 国際医療福祉大学大学院教授 冠木 雅夫 毎日新聞社専門編集委員 |
賞 |
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発表 | 11月下旬、毎日新聞紙上、国際医療福祉大学ホームページにて (入賞者にはコンテスト主催者から直接連絡します。) |
表彰式 | 最優秀賞、優秀賞、佳作受賞者と、学校賞関係者をご招待のうえ、11月26日(土)、国際医療福祉大学大田原キャンパス(栃木県)で表彰式を行う予定です。 |
応募・ 問い合わせ先 |
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-17 千代田会館5階 毎日企画サービス 『共に生きる社会』めざして 高校生作文コンテスト 事務局 TEL:03-6265-6816(土・日・祝日をのぞく10時~17時) |
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